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自叙伝⑦(岩國ゼミ 後篇)

塾長コラム

自叙伝⑦(岩國ゼミ 後篇)

大学4年生
すでに大学での単位をとり終わっていたこともあって
4年の授業はゼミがあるだけ。
その他の時間はほぼ岩國ゼミに費やした。

 

5月
大学のサークル勧誘活動が一通り落ち着くこの時期に
岩國ゼミは新ゼミ生の募集活動を始める。
説明会では数十人の学生を前にしてマイクを握った。
2年前の小山氏と同じ立場で。
私に彼ほどのオーラがあったかは自信がないが
この年,岩國ゼミは35大学130名という大所帯になった。

 

この頃の岩國ゼミは
「政治」「経済」「グローバル」「社会学」「人間科学」の5つの部会で構成されていて
それぞれの部会長が岩國ゼミの副事務局長を兼ねていた。
5人の副事務局長のうち,東大生が3名・・・
その中にひときわ頭脳明晰な男がいた。
以下,東大君と呼ぶことにする。

 

この東大君
高校時代は全国模試の上位常連で,東大へは現役合格。
国際問題に明るく,論戦が得意
学年は1つ下だったが,実にクソ生意気な人物だった。
当然,私とはあまりそりが合わない。

 

ある日,東大君がとても動揺した様子で電話をかけてきた。
どこかの駅で岩國ゼミの部会名簿を落としたのだが,
それを拾った人物と電話で揉めているとのこと。

 

「オマエ,せっかく好意で電話してやったのにその態度はなんや!
俺は○○○系の○○○やぞ」
みたいな感じ?

 

人生を順風満帆に歩んできた東大君だが,
このようなイレギュラーな場面に対応する術は身につけていない。
これから拾い主と銀座のホテルで会うことになり,
どうして良いか分からず私に電話をかけてきたのだ。

 

あの小生意気な東大君が危機に際して私を頼ってくれている。
なんと嬉しかったことか。
「よっしゃ,オレが一緒に行ったる」と伝えて家を出た。

 

私の学生時代は,基本的に短パン&Tシャツに雪駄といういでたちだ。
真夏の特に暑い日だったこともあり,同じ格好で駅に着いた。
すると東大君はスーツ姿に菓子折まで用意しているではないか!!
「なんて格好で来たんですか!」と少しご立腹だったが
「いいか,全ての話は俺がする。おまえは黙って最後に一緒に頭を下げろ」
と指示してホテルへ向かった。

 

交渉はあっさり終わった。
どうやら先方は本当に東大君の最初の対応に腹が立ち
面と向かってガツンとやってやりかっただけのようだ。
岩國ゼミの活動内容などひととおり話をして謝罪したところで
「君らのような若い人がいれば,この国の将来は大丈夫だ」とかおだてられ
コーヒー代をご馳走してくれた。

 

このできごとを契機に,東大君とはとても良好な関係になった。
「自分はこれまで表面的なことを学んできただけで,人生で本当に必要なことが抜けていました。同時にこれから何をやるべきか気づきました」と激しく感謝された。
私にとっては「え?これで終わり?」的な顛末だったが,
この一件を「人生」をテーマに吸収するあたり,やはり東大君は只者ではない。

 

彼の名誉のために加筆しておくが,
東大君は大学卒業後
大手都市銀行から外資系企業を経てノースカロライナ大学経営大学院でMBAを取得
現在は世界的飲料メーカーで財務の仕事をしている。
フジゼミの良き理解者であり
就職活動中の卒業生の相談に乗ってもらうこともよくある。

 

 

話を岩國ゼミに戻す。
事務局長になるといろいろやることが膨大になる。
・岩國ゼミ全体の運営を決める事務局会議
・年4回行われる総会や,OB会の企画運営
・講演会の講師との折衝
・それらに伴う広報活動をはじめとする雑務全般
などなど
大変ではあったが,この経験が社会人としての土台につながったのは言うまでもない。

 

大学生は4年間という自由な時間の中で
何にでも挑戦し,人に出会い,世界を広げることができる。
私はこの貴重な時間で岩國ゼミに出会った。
そのことに心から感謝しつつ,
フジゼミから大学へと巣立っていく若者たちに
大きな期待と憧れ,そして少しの嫉妬心を抱きながら見送っている。

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