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自叙伝②(大検→大学受験勉強を始めるまで)

塾長コラム

自叙伝②(大検→大学受験勉強を始めるまで)

ママさんとのやりとりから数日経った。
自宅でその内容を母に話したところ
「大検という試験があって,合格したら高校を卒業したのと同じように扱われるのよ。」
と教えてくれた。
(※大学入学資格検定,略して「大検」は現在でいう高卒認定試験のことです)

 

母から聞くまで大検という試験のことは全く知らなかったが
「そんな抜け道があるのか!」と素直に思った。
とはいえ,試験は年1回(現在は年2回)
受験科目は実に11科目(現在は8科目)と聞いて若干引き気味・・・

 

「まあ,1年3科目×4年間で合格すればいいかー」
くらいの軽いノリでとりあえず受験だけはしてみることにした。

 

人生初の大検は勉強時間ゼロでのお試し受験だったが
結果はなんと11科目中10科目に合格!!!!!
「簿記」「家庭科」「保健」なんて,なぜ合格できたのかいまだに分からない。
フジゼミで真面目に勉強している高卒認定生に対して後ろめたさを感じるが
私の場合,本当に「運」だけで10科目合格という珍事が起きたのだ。
そして,この珍事が私の人生を大きく変えていくきっかけになった。

 

最初は4年計画で考えていた大検が,
いきなり「あと1科目で合格」になったのだ。

 

大検に合格したら何ができるんだ?
もし来年合格したら,そのまま進学なんてこともアリか?
その場合,2年遅れ・・・

 

「おいおい,ぜんぜんアリじゃねーか・・・」

 

何でもすぐ調子に乗るところが私の長所だ(短所でもあるが)
大学生だった姉に自分の密かな企みを打ち明けてみた。
本屋で大学に関する雑誌をいろいろ読んでもみた。
強烈に興味が沸いたのは「就職」に関する情報
当時の私ですら知っているような企業名が並んでいる。
「大学行くってことは,将来こんな企業で働ける可能性があるってことだよなー」

 

以前は「どの仕事に就くか」しか考えられなかった将来だが
「大学進学」が加わることでどれだけ可能性が広がったことか。
もし大学に行けば
ツレはどんな反応をするか?母ちゃんは?中学時代の担任は?
卒業してどんな仕事につくか?
あれこれと妄想してみてはワクワクした。

 

とはいえ,現実的には「受験勉強をどうするか?」という重大な問題があった。
今でこそ大学全入時代と言われるが,
20年前はまだ受験競争がそれなりに激しかった。
そもそも私の勉強は中学1年生で完全にストップしている

 

「ま,どうにかなるだろう。ハッハッハー」
この時点では大学進学についてはまだ妄想の段階であり
いつもと変わらず仕事と遊びに全力投球の毎日が過ぎていった。

 

 

12月のある日のことだ。
私が働くゲーム喫茶に小学校時代の幼なじみがやってきた。
5年ぶりに会ったその幼なじみは大学生になっていた。

 

私:「おまえ,大学生ってすげえな。勉強したの?」
友:「そりゃ受験生の時は相当やったわ」
私:「どれくらい勉強したんだ?」
友:「辞書が真っ黒になるくらいやったな」

 

・・・!!!?

 

私:「おい,頼む!その辞書見せてくれ」

 

勉強とは完全に無縁だった私が辞書に興味を示したので驚いていたが
どうしてもその辞書を見たかった私は,後日彼の家に押しかけていった。
彼が言ったとおり,その英語の辞書は手垢で黒ずみボロボロだった
いろいろな単語にえんぴつで線が引いてあり
破れたページはセロテープで補強されいた。

 

私:「俺もこれくらい勉強すれば大学生になれるんか?」
友:「すごいこと考えるな。大丈夫だと思うで」
私:「どうやって勉強すればいいんだ?」
友:「俺は予備校とかじゃなくて呉服屋のおっちゃんに勉強を教えてもらった。なんだったらお願いしてやろうか?」
私:「マジで頼む。真剣に頼む!!!」

 

ちなみにこのおっちゃんは英語がとても堪能で
呉服店をやりながら近所の子たちに勉強を教えているという人物だった。

 

 

正月が過ぎた頃,その呉服屋に挨拶にった。

 

呉:「勉強はどこまでやってたんだ?」
私:「中2以降はほとんど授業を受けてません。中1の内容もたぶん分かっていません」
呉:「どこの大学に行きたいんだ?」
私:「・・・・・・帝京以上に行きたいです」
(当時の私は大学名をほとんど知らなかったが,2才上の従兄が帝京大学生だったのでとっさに名前がでてきた)
呉:「そうか。まあ2年間真面目にやるならたいていの大学には入れるぞ」

 

この言葉を聞いた私は,素直に感動した。
「おいおい,このおっちゃんについていけば,2年でオレも大学生になれるんか!」

 

私の中で,この先やるべき事が決まった瞬間だった。
ゲーム喫茶のママさんには事情を話したところ
「2年と言わずに決めたら絶対大学へ行かんといけんよ。あんたは大物になるんじゃけぇ,もうこっちの世界に戻ってきたらいけんよ」
と言って送り出してくれた。
ママさんにはいくら感謝してもし尽くせない。

 

ゲーム喫茶の仕事は2月末で辞めた。
その後2日間は親友たちで「思い残すことはない」と思えるくらい豪遊し
3月3日から呉服屋に通う日々が始まった。

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